優しい雨

何時だったか、こんな夢を見た。



見晴らしの良い草原に気の合う仲間達。そこでは明るい空の下柔らかな日照雨が降っていて、みんな頭から濡れていたけれど何故だかとても幸せな気分だったのはよく覚えてる。

僕は笑っていた。みんなも笑っていた。そして僕の隣に座っていた人も。とても楽しそうに、何の屈託もなくその人は笑っていた。

その顔が思い出せない。

形の良い唇や、短く切り揃えられた爪などははっきりと思い起こすことが出来るのに、肝心の顔の部分だけはどうしても判らない。ただ、その人の笑顔に僕の心は暖かくなったし、それ以上にその人が僕の近くに居るということがすごく嬉しかった。

多分僕はその人が好きだったんだろう。それなのに思い出せないなんて。

あれは一体誰だったんだろう。

何時の間にやら雨は止み、空は何事もなかったかのように青く澄み渡っていた。ふと誰かが歓声をあげ、指差す方へと目を向けてみれば大きな二本の虹。

僕は隣のその人にも教えてあげようと振り返って、そして…目が醒めた。


今、僕はドールの南、ヤルニ渓谷に居る。ドールでの任務が予定より早く片付いたため、その分事実上の休暇となった。これがいつもならすぐさまとんで帰るところだけれど、たまにはのんびりしていくのも良いかと皆でティンバーまで歩いて行くことにしたのだ。
今回任務にあたっていたメンバーはセルフィとスコール、シュウ先輩に僕、それと数人のSeeD候補生。
候補生達は先にシュウ先輩が連れて帰ってしまっていた。それでも一部は僕達についてきて、初めて見るモンスターにいちいち驚いているのがおかしかった。

丁度遠くにオーベール湖が見えてきた辺りで雲もないのに雨が降ってきた。セルフィは日焼け止めが落ちるとかなんとか文句を言いつつも、久し振りの天気雨を楽しんでいるようで、雨が嫌いなスコールも何だか機嫌が良い。

「アービン、スコール! ちょっと休んでいこうよ~!!」
木立も何もない原っぱで急にセルフィが立ち止まった。おなかがすいたのでお昼にしようという。
「地面こんなだけど?」
「どうせもう濡れてるんだし細かいことは気にしない気にしない~」
言うなりどっかと地べたに座り込むセルフィ。う~ん、豪快というか何というか。

雨とはいえ所詮は天気雨。すぐに止んで後に残ったのは雨滴に輝く草原と、濡れねずみの僕等だけ。
「結構降ったね~」
「……」
「? …スコール?」
「………ぷっ」
いきなり吹き出したスコールに僕はさっぱりわけがわからず、ただただ困惑するしかない。
「え、何? 何なのさ!? ちょっ…スコールってば!!」
「だって、上に…」
上? 頭上を見上げてもそこにはただ空が広がるばかり。他には何もない。
「違う。帽子の…ぷぷっ」
訝しがりながらも、とりあえずは言われた通り帽子を見てみることにした。
「何コレ…」
帽子のてっぺんにお子様ランチなどに付いているような小さな旗が立っていた。
「あっアービン気付いてもうたん? な~んだ、可愛かったのに」
「セフィ~!?」
「くっくっく」
「あ~もう! スコールも知ってたんなら早く言ってよね!!」
未だ笑いが収まらない様子のスコール。この分だとしばらく止まらないだろう。それにしてもセルフィ、何時の間に付けたんだか。

「あっ!!」
「今度は何~?」
次は何を言われるかと覚悟していたが、どうやらそうではないらしい。彼女は大きく伸びをするようにして空の一方を指差した。そこには夢の中で見たのと同じ大きな二本の虹が出ている。そう、夢と同じ。
「!?」
「何だよ、どうした?」
やっと落ち着いたらしいスコールが、今度は驚きの表情を浮かべてこちらを見ている。
「ああそっか、そういうことか。ふーん」
いつかのあの夢、あれは正夢だったらしい。まぁ現実と異なる点は確かにあるけれど。そして今僕の隣に居るのは…
「ふふふふふ~」
「一人で気味悪いぞ」
ちょっとした幸せ。これは日照雨の運んだ贈り物、なのかもしれない。

「良いんだよ。それよりホラ、見てよあの虹。滅多に拝めないよ?」