Dawn

12月31日、一年の最後の日。僕は任務でガーデンを離れていた。こんな日に任務? なんて愚痴を零したいのも山々だけど、そこはぐっと押え込む。だってこれが僕の仕事だから。
「…と言うわけです。ターゲットの乗った船は明日の午後1時にこの橋の下をこっちの方面へ、こう、横切ります。その時がチャンスと思って下さい」
やたら丁寧に説明をする男をちらりと一瞥して橋の下を覗き込む。水面まではかなりの距離がある。確かにここからなら障害も無く狙えるだろうが、少しでもタイミングを間違えれば射程距離外となってしまう。

ま、外すつもりは無いけどね?

身体を起こして伸びをすると、男はしかつめらしい顔付きで咳払いをしてみせた。
「聞いてます?」
「もちろん。あ~そんなに怖い顔しないでよ。大丈夫、仕事はきっちりするからさ」
「…お願いしますよ」
男はそう言い残してその場を去って行った。クライアントの使いだと言うその男はやけに落ち着きが無く、僕は好きになれなかった。
「そんなことはどうでも良いんだけどさ」
独り言ちて欄干に腰掛ける。持って来たヘッドフォンを耳に当て、遠くに見える街の灯を見ながらそっと再生ボタンを押した。



チッチッチッチ…

狭い部屋に時計の音だけが響いていた。山と積まれた書類をキスティスと二人で何とか片付けて肩を回せば、時刻は既に午後11時を回ろうかと言うところ。あと1時間もすれば今年も終り。これと言って何があるわけでもなく、明日は明日でまた仕事かと思えば新年だと言って素直に喜ぶことも出来ないが、それでも何かしら感慨深いものはある。
「スコール、御苦労様。悪いわね、こんな時間まで」
「いや…キスティスも」
「ありがと。それじゃまた明日」
彼女は良いお年を、と冗談めかしてウィンクをすると、静かに部屋を出ていった。

新年ね…

そう言えばアイツはどうしているだろう。オフだったはずの年末を任務に邪魔されてしぶしぶ出掛けていったのは昨日の事だ。君と一緒に新しい年を迎えたかったのに~! とか何とか拗ねていたっけ。
「子供じゃないんだから…さ」
俺は一人明かりを消すと、誰も居ない部屋を後にした。



二度目の再生が終り、いい加減宿に帰ろうかとぼんやり思い始めた頃。教会の鐘が24時の時を告げ始めた。新しい年。本当はあの人と迎える筈だった。
「I wish you a Happy New Year スコール…」
空に向かって呟いた。



何となく眠る気にならず、夜のガーデンを抜け出して外気に身を晒すと身を切るような寒さに身震いをする。その時何処かで汽笛が鳴った。来年が今年に変わった瞬間。
「May the new year bring you a happy new year.」
届くことの無い台詞を風に乗せて、高い空を仰ぎ見た。



何時の間にか空は明け初めて、今年初の太陽がその姿を現そうとしていた。ようよう消えゆく星空を眺めながら、何故だか彼もこの空を見ているのではという気がしていた。確信があったわけじゃない。でもきっと彼もこの空を見ている、同じ空を。そう、思った。



気が付けば足元で猫が見上げていた。その瞳はアイツと同じ静かな蒼色。
「お前も独り?」
手を伸ばすとすぐに身体を摺り寄せてきた。抱き上げてまた空を見上げれば、最後の星が今を限りと輝いていた。空は何処までも続いている。多分アイツの上にも。

同じ空を見ている。



帰ったら 帰ってきたら いの一番に言おう

今年も宜しく そして 次こそはきっと隣で

忘れないで それが約束 新年おめでとう