Say Happy Birthday to Me

23時28分、23時29分…23時30分。

いつからこうしているだろう。携帯電話のディスプレイに表示された数字を睨みながら、僕は大きく溜息を吐いた。
あと30分で25日、ひとつ歳を重ねて二日目になる。今日が日曜日だったこともあり、セフィはじめ幼馴染達やブリッジ常駐の面々などに散々引張りまわされて、「誕生祝い」と称したバカ騒ぎをしたおかげで少し身体がだるい。
ま、例によって敏腕補佐官キスティスの計らいで明日の休みは確保してあるのだけれど。

「あ~あ。結局今日も連絡ナシ、か」
彼は…スコールは一ヶ月ほど前からエスタに行っている。相次ぐガルバディアからの小国の独立、長年沈黙を守ってきたエスタとの国交正常化…あらゆるところからその代表が集結し、大々的に会議が開催されているのだ。スコールはバラムガーデンの指揮官としてやはり会議に参加していて、おかげでこっちは穴を埋めるのに必死でゆっくりと寝る暇も無い。そうかと思えば、休みの日などはしっかりと予定に組み込まれていて、忙しいのやら暇なのやら。上の考えることはよく解らない。
そんなわけで、もちろん大好きなスコールの顔もろくろく見ていない。おまけに、会議の邪魔をしてはいけないから、と向こうからかけてこない限り電話だって出来やしない。けれど、当の本人があの性格だ、用も無いのに電話をかけるなんてことは滅多に無い。メールも然り。

ひとつき、ひとつきだ。しかも今日は誕生日。まさか僕だって誕生日は好きな人と二人きりで、なんて中学生の女の子みたいなことを考えていたわけじゃない。仕事だと解っているから無茶なことを言うつもりも無い。でも、それでも。せめて一言くらいは声を聞きたいと思う。そう願うのは決して僕のワガママなんかじゃない、と思う。

いっそのこと思い切って電話を掛けてみようと幾度思ったことか判らない。けれどそれで、だから何だと返されたらきっと立ち直れない。
「もしかして今日が何の日かなんて忘れてるのかも…」
ありえない話じゃない。会議と言ったところで、どうせおっさん達のクダラナイ繰言に突き合わされていい加減うんざりしているのだろうから。大体彼の方もいちいち記念日なんて覚えてなどいないだろう。そう思って、いい加減諦めることにした。いつまでもウジウジと女々しく待っていたって埒は明かないし、何より気が滅入るだけ。

着替えるのも面倒だったのでとりあえずベルトを外し、シャツだけ脱いでベッドに潜り込んだ。冷えたシーツの感触が少しだけ肌にくすぐったい。最後にもう一度、とサイドテーブルに置いた携帯に手を伸ばすと、あたかもそれを見越していたかのように、軽い振動と共に着信を知らすランプが光った。
慌てて表示を見れば、そこにあるのは待ちに待った彼の名前。
「もしもし? スコール?」
「悪い、起きてたか?」
「ああ~、全然! 大丈夫~!!」
「今、部屋に居るよな? ひとり?」
「う、うん…??」
「ああそう、それなら良い」
プチッ。スコールはそれだけ言うと、あっさりと携帯を切ってしまった。後にはただツーツーツーという電子音が虚しく聞こえるのみ。
「何だったの!?」
電話をかけてきてくれたのは嬉しい。でも…たった、一言だけ?
事の状況が理解出来ず、僕は携帯を片手にしばらく呆然と立ち尽くしていた。と、今度はそこへ戸を叩く来客の音。夜も遅いことを考慮してか、インターフォンは鳴らされない。
こんな時間に誰だろう、多少訝しく思いながら扉に向かった。今の時間なら外部の人間だということはまず考えられない。どうせキスティスかシュウ辺り、ガーデンの関係者が急な仕事を押し付けにでも来たに違いない。そう踏んでまずは脱ぎ捨ててあったシャツを引っ掛け、明かりもつけずに扉を開けた。
「…あ!?」

スコールだった。先程電話をかけてきたばかりの、そしてエスタに居るはずの。
「な、な、何で!? 会議は!?」
「お前エスタまで来る気あるか?」

「……………はぁ!?」

「明日は休みなんだよな?」
「そうだけど…」
何が、起こっているのか。戸を開けたらスコールが居て、しかも彼は本来此処には居ないはずで、今日は僕の誕生日で、明日は休みで、だからエスタに来いって?? ああ、わけが解らない。
「おい、聞いてるか? …アーヴァイン?」
顔の高さで手をひらひらとさせて、スコールは僕の顔を覗き込む。僕は何とか意識を戻すと、ゆっくり息を吸い込んだ。
「スコール」
「ん?」
「どうやって此処まで?」
「ああ、丁度ドールの奴が急ぎの用とかで一時帰国するって言うんで、ラグナロクを出すことになったんだ。ついでに乗せてもらった」
ついでに…だって? 世界最高水準の飛空挺であるラグナロクを出すほどなのだから、そのドールのお偉いサンだか何だかが帰国することだってただごとではないだろうに、そこへ「ついで」で乗せてもらってしまうスコールって一体……
「会議は明日もあるんだよね?」
「そう、午後からな。だから4時までに此処を出ればあいつがドールから戻るのに間に合う。もちろん今すぐ出てF.H.経由に通常経路を行っても昼までには着くだろうが」
そういうわけだからさっさと決断しろ、なんてしれっと言い放つスコール。その言い方があまりにも彼らしくて、こんなときでも「ああ、スコールだ」とか考えてしまう自分に小さく苦笑してしまう。スコールはそんな僕を見て少しだけ首を傾げたけれど、すぐにまたどうするのかと聞いてきた。
「どうするも何も、面倒な用でもあるんでしょ? わざわざ無理して来るくらいなんだから」
そう言って、出掛ける準備でもしようと奥に入りかけたところを強い力で引き止められた。服の端を引っ張られて、僕は肩越しに振り返る。何故かスコールは困ったような顔付きで、こちらをじっと見つめていた。
「違う、そうじゃない。そうじゃなくて」
「……?」
「今日、お前の誕生日だった…よな?」
「うん」
誕生日? それが、何だって??
「それで、その、渡すものとか用意できなくて…」
それまでの調子と打って変わって歯切れが悪い。何から言おうか考えながら次の言葉を探している、そんな感じだ。
「キスティスに用があって…聞いてみたら皆でお祝いしたって言うし、女どもが寄ってたかって山のようにプレゼント渡してたとか、アンタも結構楽しそうにしてたとか…」
「……」
「それなのに俺はタバコ臭い部屋に篭って毎日毎日おっさん達を相手にしてなきゃならない。それも全く進展のない低レベルな話し合い。ただでさえ飽き飽きしてきたところだっていうのに、人の誕生日にオメデトウの一言さえ言えないんだぞ?」
そこで一旦言葉を切り、スコールは息を吐いて視線を逸らした。部屋は暗いままだ。表情は見えない。
今の言葉をどう受け取ったら良いのだろう。僕の誕生日に、他の人は祝うことが出来たのに自分はその場に居ることも出来なかった? それはつまり、ヤキモチを妬いているのだと、そう解釈しても良いのかな、スコール。

僕は何だか嬉しくなって今は逡巡しているスコールの、次の言葉を待っていた。
「だから、次の日でも良い。せめて…せめて、半日だけでも」
ふいに戻した彼の視線が、僕の視線と真っ向からぶつかり合った。

「アンタを独占したかったんだ」

「ね、スコール。4時までに出れば良いんだったよね?」
彼の手を引き内に入り、静かに扉のロックを掛ける。
「つまり、それまでは時間があるってわけだ」
「……」
「あと、四時間もある」
エスタに行って、会議が始まるまでの間だって十分一緒に居られるけれど。でも、それだけじゃ足りない。だって今このときにスコールが目の前に居て、あまつさえ僕を独り占めしたいと言った。この貴重な時間を無為に捨ててしまうことが出来るだろうか?
おそらくは紅くなっているだろうスコールの、顎を捕らえて口付けた。はじめわずかに抵抗を見せた彼も、やがておずおずと背に手を回してきた。
一ヶ月ぶりに味わう彼の唇。それは近付いた冬の冷たい夜気を孕んでひんやりと冷たく、そして微かに甘かった。

「アーヴァイン」
何かに思い至ったのだろう、スコールはちらと時計を一瞥すると肩を押して身を離した。
「日付が変わる前に言わせてくれ」
多少の身長差のために上から見下ろす形で、僕はじっと聞いていた。今日何度も聞かされた言葉。そして誰よりもスコールの口から聞きたかった言葉。

「誕生日おめでとう」
壁の時計はひときわ大きく針を鳴らし、今日という日の終わりを告げた。