The First…

秋もその終わりを告げ、寒さも一段と厳しくなった11月の暮れ。朽葉色した校庭では、年少クラスの生徒達が頬を紅潮させながらサッカーに夢中になっている。
僕はと言えばその少し手前、校舎から続く階段上のベンチに腰掛けて、何をするでもなく彼等が蹴球に興じる様を眺めていた。

いきなり休みとか言われても困るんだよね~?

今朝まだ頭が冴えない内にやって来たキスティスに今日一日のオフを宣告された僕は、その理由も何も解らないまま今に至っている。することが無いからとは言え、ただ部屋でじっとしているのもどうかととりあえず出てきてみたは良いものの、やはりこれと言ってすべきことも見つからず、こうしてぼんやりしているというわけだ。
「あ~ぁ、せめてスコールも休みだったら良かったのに~」
誰にともなく口に出して空を見上げると、所々に片乱雲が飛び始めていた。雨が近いのかもしれない。
それならと場所を移ることを考え出した時、ポツポツと雨の滴が落ちてきた。次第に激しさを増して雨音強く降り出してゆくに従って、追われる様に子供達が駆け戻って来る。彼等の脚は速く、そこまでのんびり構えていたつもりは無かったのに、あっという間に追い抜かれてしまった。
と、先程までは気が付かなかったが何処からか猫の声がする。一瞬気の所為かとも思ったがそうではないらしい。
よく聞くと鳴き方が尋常で無いので放っておくことも出来ず、濡れることなど後回しにして声の主を探すことにした。聞こえてくる位置からしてそう遠くは無い筈だ。

「…あ」
居た。まだ葉の落ち切らない木の上にチョコレートブラウンの虎猫の子が居る。それもかなりてっぺんに近いところに。見た所犬にでも追いかけられたかして、登るだけ登ったまま降りられなくなったようだ。怯えた瞳で下を見下ろすその子猫は、逆立てた毛を大粒の雨に濡らしながら、それでも力の限りに鳴き続けていた。
親は居ないのだろうか。慌てて周りを見渡すが、それらしい気配は無い。

行けるかな…

乾いていない分やや滑り易くなっているとは言え、登れないほどではなさそうだ。僕は子猫の位置を確認して、湿った幹に手を掛けた。

雨はいよいよ強くなってきた。子猫まではあと少し。まだ鳴き止まない。
「落ち着いて。もう大丈夫だから、ね?」
言い聞かせるようにして彼(彼女?)に手を伸ばす。

「…で? この雨の中ずぶ濡れになって帰ってきた、と」
ストーブの前で子猫にミルクを飲ませながら、半眼でスコールが言う。

髪の先から水を滴らせつつ、同じく全身ぐっしょり濡れた茶色い塊を抱えて部屋に戻った僕を迎えたのはスコールで、顔を見るなりバスルームに連れて行かされたのだった。
意外と動物好きなスコールは僕が湯船に浸かっている間にすっかり手懐けたらしく、出て行ったときにはバスタオルに包んだ子猫を膝に乗せて仲良く遊んでいた。

「だってさ~放っておけないでしょ?」
一通りの経緯を説明してからストーブの前に移動した僕は、子猫の柔らかそうな背を撫でようと…
「つっ! 痛いなぁ、も~。仮にも僕はキミを助けてやったってのにそれは無いでしょ~?」
手の甲に紅い線が一本。うっすらと血の滲んだそこを舐めながら軽く睨むと、小さな王子様はもう知らん振りして皿に向き合っていた。
「もしかして嫌われてる…?」
「取られると思ったんだろ」
スコールは視線を子猫に見据えたままであっさりと言い放った。

二人とも素っ気無いね~。

聞こえないように苦笑を漏らしてから、はたと思い出した。
「ねぇスコール、そう言えば君どうして僕の部屋に居たの?」
「は!?」
「あっ、いや、えっとね。部屋が暖まっていたのとかは良かったんだけど、良く考えてみれば何で待ってたんだろう、と…仕事ある、よね?」
あんまり驚いた声を出されたので思わずしどろもどろになってしまった僕を、スコールは怪訝そうに見返した。
「何か用があった…とか」
それを聞いて大袈裟な溜息をつくと一度子猫の方を見、それからもう一度こっちを見て呆れ顔で言った。
「お前、今日が何日だか知ってるか?」
「え~と…24、だっけ」
カレンダーにさっと目を通して確認してみる。昨日のレポート提出日に丸が付いているので間違いは無いだろう。けれどこれといって何かがあったような記憶は………あ。
「誕生日…」
「そう。だから休みにしてやったんじゃないか」
ここ数年自分の誕生日なんてまともに祝ったことなんぞ無かったのですっかり忘れていた。思い返してみればキスティスも、今日は特別だからとか何とか言っていたような気がする。

ならばスコールはそのために待っていてくれたと言うことになる。仕事だって休んでいて良いわけではないだろうに。そこに思い至ってありがとうと言おうとし、彼が先程から時計を気にしているのに気が付いた。
「そろそろ仕事に戻らないと。キスティスにどやされる」
「あぁ、うん。ありがと」
何だか勿体無いことをしたかもしれない。何しろスコールの方からやって来ることなど滅多に無いのだ。でも、今更もう遅い。
「その猫どうするんだ?」
「え? あ~僕が面倒見るよ。ここ、ペット禁止じゃないでしょ?」
スコールはそうかと呟いて子猫を抱き上げると、とんだバースデイプレゼントだなと言って笑った。つられて僕もそうだね、と笑った。
最後にそのコをこちらへ寄越すと立ち上がりざまに何事かを囁いた。咄嗟に何を言ったのか解らずに顔を上げると、僕の唇をふと掠めていくものがあった。

え? えぇ!?

それがスコールの唇だと理解するのに大した時間は掛からなかった。
「あぁそうだ。向こうに色々置いておいたから。ケーキはセルフィからな」
そう言ってスコールが何事も無かったかのように部屋を出て行ってしまうと、後には我関せずとばかりに欠伸をする獣と呆けた僕だけが残された。

冬の初めの11月暮れ。冷雨降り頻る外とは打って変わって暖かな部屋の内では、膝の上の子猫がみゅ、と鳴いて伸びをする。

これがスコールからの、初めてのキスだった。